賃金減額(賃下げ・減給)

弁護士 河村 洋

 賃金の減額(給料のことを法律用語で「賃金」といいます。)をされてしまった。
 会社(雇い主が個人でも同じ。)の決定に従うしかないのでしょうか。

(1)契約を一方的に変えることはできない(原則)

雇われている側(法律用語で「労働者」といいます。)は、雇い主(法律用語で「使用者」といいます。)のもとで働いていますが、それは、「契約」しているから働いているのです。
 少し詳しく書くと、使用者が賃金を払うことを約束し、労働者が使用者の指示に従って労務の提供をすることを約束し、その約束が合致(合意)して契約(労働契約)が成立しているから、労働者は指示に従って働いているのです。
 つまり、労働者は使用者との間で決めた約束(法的な意味を持つ約束=契約)に基づいて使用者の指示に従い働いているのです。
 契約(法的な意味を持つ約束)を一方的に変更することは、原則として、できません。契約を変更するには、変更点についてのお互いの了承(合意)が必要です。

(2)合意のない賃金減額はできない

 賃金の減額も契約の変更ですから、減額についての労働者の了承がなければ、賃金減額はできません。
 したがって、会社は約束した賃金額よりも低い賃金しか支払っていない(賃金支払債務の債務不履行)のですから、その不足分を遅延損害金も加えて、労働者は使用者に請求できます。

(3)納得していないけれど賃金減額の同意書にサインしてしまった!

 「△月分から〇×万円の賃金減額に同意します」という紙にサインしてしまった、いやだったけど雰囲気的に断りづらくてサインしてしまった。
 このような場合でも賃金減額に労働者が同意したとはなりません。

ア 今回の同意書のような法的な意味をもつ意思をあらわした書面にサインや印鑑を押した場合(専門用語で「処分証書」といいます。)、この書面は証拠として通常強い力を持ちます。

イ しかし、賃金(退職金も含みます。)を減額するという同意については別です。
 賃金(退職金も含みます。)を減額するという同意については、サインのある同意書のような書面があっても、厳格に判断するという最高裁判所の判例があります。
 労働者は使用者に対して交渉上弱い立場にあることを考慮して、労働者の賃金減額の同意の行為が「労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否か」という点からも判断せよ、と最高裁は言ったのです。
 とても使用者にとって高いハードルで、しかもこの証明は使用者の側がなさなければならないため、賃金減額の合意が認められることは事実上ほぼありません。

(4)降格に伴う賃金減額

ア だれをどのような役職・職位につけるのか(人事権の行使)については使用者に広い裁量が認められているため、使用者による降格命令は、人事権の濫用といえるような場合でなければ無効となりません。

イ しかし,降格に賃金減額が伴う場合は別です。
 賃金減額は労働者の生活に重大な影響を与えるため、賃金減額を伴う降格については、人事権の濫用と判断される可能性が高まります。どの程度の減額幅なら濫用となるのかはケースバイケースというほかありませんが、一般論として、減額幅が賃金の10%を超える場合は,人事権の濫用と判断される可能性はかなり高まると考えます。
 なお、そもそも降格・役職変更に伴う賃金変動基準について何の定めもない場合はそもそも降格・役職変更に伴う賃金減額はできません。

(5)個別査定・人事考課による賃金減額

 個別査定・人事考課による賃金減額の有効性を考える際、3つの段階に分けて考えます。

ア まず、人事考課に基づく賃金変動制度・基準について、合意されている又は就業規則で定められていることが必要です。
 賃金変動制度・基準について何らの定めもない場合は、そもそも個別査定・人事考課による賃金減額はできません。

イ つぎに、賃金変動制度・基準について定められていたとしても、その内容が合理的でなければなりません。
 何をもって合理的といえるのかはケースバイケースというほかありませんが、基準・賃金の変動幅の明確性、減額幅の程度が重大なポイントとなると考えます。

ウ 最後に、実際の査定・人事考課が合理的であることです。
これもケースバイケースですが、賃金減額幅が大きい場合は、労働者への不利益の程度が大きいため、実際の査定が不合理と判断される可能性が高まると考えます。

(6)就業規則(賃金規定)の変更による賃金減額

 原則として契約を一方的に変えることはできないと上で書きましたが、その例外が、労働者に周知されている就業規則(賃金規定)で賃金減額について定めていて、かつ、その定めの内容が合理的な場合です。

ア 就業規則の周知

 就業規則(賃金規定)が、見やすいところに張り出されている、備え付けてある、コピー(紙やデータ)を労働者に渡している、社内のイントラネット上で閲覧できる状態であれば、「周知」されているといえます。

イ 就業規則での賃金減額の内容が合理的か

 これについては、労働者側の不利益の程度、使用者側の変更の必要性、交渉・説明経過、社会情勢等を考慮して判断するということになっていて、ケースバイケースというほかありません。
 しかし、減額幅が10%を超える場合は、一般に労働者の不利益の程度は重大であるため、合理的と認められるハードルは高くなります。

(7)労働協約に基づく賃金減額

 原則として契約を一方的に変えることはできないと上で書きましたが、その例外の一つとして、労働協約(使用者と労働組合の労働条件についての合意書面)に基づく賃下げがあります。
 この有効性もケースバイケースですが、労働協約による賃金減額にも限界があります。また、非労働組合員でも、法律が定めた高いハードル(労働組合法17条)をクリアーしている場合には、その労働協約が原則として適用されます。

(8)まとめ:賃金減額(賃下げ・減給)のハードルは
使用者にとってかなり高い

 労働者にとって賃金はいわば生活の糧であり、これが減額されると生活に重大な影響が生じます。そのため、法律と判例は、賃金減額(賃下げ・減給)のハードルを使用者にとってかなり高く設定しています。
 賃金減額を突きつけられてしまった場合は、弁護士に相談し、賃金減額の有効性についての助言を得てください。

以上

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